戦争で生まれた娘のレビュー

15th September 2020

監督:ワアド・アルカティーブ、エドワード・ワッツ
出演:ワアド・アルカティーブ、ハムザ・アルカティーブ、サマ・アルカティーブ
時間:100分

従来、紛争をテーマとするドキュメンタリーは、観光ビザで入り何かあればいつでも紛争地域を離れることができる外部のジャーナリストの視点で撮影されてきたが、『娘は戦場で生まれた』はシリア紛争の最中で、何の特権も持たない市民によって撮られた前代未聞のジャーナリズム映画である。この作品では、紛争地域での暮らし、パニック状態の中で家や職場、臨時託児所に閉じ込められた戦争体験が綴られている。爆音が響き、目前に迫る破壊の様子は、どんな中立的観点から見るよりも遥かに強烈な衝撃を与える。

シリア政権を握るバッシャール・アル・アサドが自国の民間人に対して内戦を始めてからもう10年になろうとしているが、『娘は戦場で生まれた』はある若い女性がその情勢の中で成長していく姿を映し出している。恐らく、厳しい試練に直面する姿という言い方がより適切だろう。語り手であるワアド・アルカティーブは、ハイテクにくわしい経済学を学ぶ学生で、日常生活を撮影してはオンラインで公開していた。アルカティーブの映像が他と違うところは、楽しい日々やダンスを撮るのではなく、学生の抗議運動や河岸に打ち上げられた死体、アサド政権軍による空爆で粉々に吹き飛んだ近隣地区の現状を撮り続けたことである。

ほとんどのシーンで生々しい惨状が映し出される。救急病院の床に血を流して横たわる幼気な子どもたちの姿もひるむことなくカメラはとらえている。アルカティーブはその映像を、イギリスのジャーナリストであるエドワード・ワッツの手助けを得て、内戦の初期に生まれた娘サマへの手紙というかたちの物語にまとめた。そこでは、アルカティーブの内面にある葛藤の大きさが語られている。「あなたの父と母が選択した道を理解してほしいと思う。」最大の選択は、夫と共に紛争地域にとどまることを決めたことだ。医者である夫はアサド政権軍の非道な無差別攻撃による犠牲者の手当てにあたり、アルカティーブはシリアで起こっていることを世界に知らせるためにカメラを回した。

脅威という暗雲がこの映画全体を覆っているが、アルカティーブはユーモアと希望をもってこの試練を耐え抜く愛すべき人々の姿を撮影し、目を覆わんばかりの無残な映像というだけではない作品としている。爆撃が止んだ間に撮影された家庭的な映像も貴重だ。夫のハムザは想像を絶する重圧を背負いながらも冷静さを保ち続け、外で砲撃の音が聞こえればまず草木に水やることを考えるように生来から面倒見の良い人物である。夫婦の子育ての不安は普遍的なものであるが、遠くの爆音で子どもが目を覚ますような環境下ではさらに深刻だ。

この映画が諸外国の観客の心をつかんでいる一つの理由は、優れたルポタージュであるところだ。爆撃の煙がおさまった後に見えてくる景色の変化を、アルカティーブはしっかりと映像にとらえている。傾いたりすっかり破壊された建物、季節の変化、雪景色、床に残る血を拭った跡、また犠牲者の手当てを始める医者たちの姿。こんな子育てに全く適さない環境で、新米の母親となった奇跡についても鋭く表現されている。映画の中盤で映し出される爆撃で亡くなったお腹の大きい妊婦の姿は衝撃的だ。このような死と隣り合わせの場所でさえ、限りなく大胆に生命の営みは続く。
ラスト30分あたりで、夫婦はサマを攻撃が激しさを増すシリアから密かに脱出させる計画を立てる。まるでアクションスリラー映画のような緊迫感だ。しかし観客の心には、この家族は幸せなエンディングを迎えるとしても、瓦礫の街に取り残された人々はどうなるのかという懸念が生じるだろう。映画では、この夫婦の決断を大きな遺恨として構成し、見終わった後にも残る疑問として提示している。シリアは自傷行為のような内戦から立ち直ることができるのか? サマはいつの日か故郷に戻れるのだろうか? この映像を目撃した者は、きっとその光景を忘れることはできないだろう。

マイク・マッカヒル